妻と子と私の生きる道。節約生活!

初めまして、伊藤零一と言います。 自分の趣味や家族について書かせて貰っています。どうぞよろしくお願いします。 メールアドレス:afiyu_ki1983sono1@yahoo.co.jp

妻と子どもと私。 その3

こんばんは、伊藤零一です。本日もよろしくお願いします。

 

ーーーー前回の話

子どもが帝王切開で生まれるまでの私の気持ち、そして産まれた後の妻の様子などを書かせて頂きました。

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妻の出産後・・少しして、ドクターより呼ばれたので私一人で行きました。

 

ドクターや周りの看護師はあまり良い顔をしてなかった。


「赤ちゃんを産めば母体はもっと良くなるかと思ったが、そうもいかない状況になった。」


産婦人科医、内科医、小児科医の3人が私を囲んで、産婦人科医のドクターが私を見て上のように言いました。

 


「あまり軽いことは言えない状況かな。今週がヤマだね、大丈夫だとは思うけど。うん、データがね。」

 

内科医のドクターは、パソコンを見て軽く一言。私も見せて貰いましたが、データとしては心不全の他に肝機能の低下、炎症反応、アルブミン低下…。悪い事だらけでした。

(細かい事ですが、炎症反応は帝王切開をしたので出ているのだと思います。)


軽い言葉を先生は言ったように聞こえますが、目は真剣で、本気の顔をしておりました。茶化して言ったのは、多分私を少しでも安心させたかったのかもしれません。

 

「赤ちゃんの事は先ほどの通り、肺の機能が悪いですけど、それ以外は正常です。これから耳や目などの検査もできると思いますが…」

 小児科医の先生も、私を不安にしないよう最善の注意を払ってくれているように思えました。

でも、私は

「なるほど。」

しか、言えませんでした。

 

先生から治療方針を聞き、その旨をロビーで両親に伝えました。少しパニックになっていたのは妻の両親でした。なんでこんな事になったのか?家系的にもなったことは聞いたことがなく、分からないと言っておりました。

 

私の両親は、母はすぐに伝わりましたが、父親は初孫の事で頭がいっぱいでした。気持ちは分かりますが、この時の私は妻が危ないという話をしているのに何言ってるんだ?という気持ちが強くなり、父に対しては不信感しか生まれていませんでした。

 

私も、余裕が無くて困りますね…。

 

でも、子どもの名前も決めておらず、事務的な手続きもしないといけない状況でしたので、本当に焦っていました。

 

妻のところに戻って妻の手を握り、話しかけますが…意識が遠くなっており、目も見えないような状態が続いておりました。食事も食べることができないため、点滴での栄養補助をするしかない状態でした。

 

何もする事が出来ない自分に、段々と腹立たしくなってきました。ただ、手を握って顔を見る目る事しかできない自分の無力さを、改めて知ることになりました。

 

全く良くならないまま、次の日を迎えます。その日は病院に泊まろうと思ったのですが、許可が出なかったため、家に帰りました。

 

妻は目が見えないので、スマホを見ることもできず、メールなどのやり取りもできません。妻がいつどうなるのか分からない状況下だったので、本当に不安だったことを今でも覚えております。

 

結局、1時間くらい寝れたくらいでほとんど寝れず。私もご飯が食べられないような状態になりかけていました。妻が入院して三日目の朝が始まります…。

 

続きは次回(明日予定)です。最後までお読み頂き有難うございました!